7月13日

急に吐き気がして、目が覚めた。
頭が重い・・・白熱灯の光の眩しさがそれを助長する――ここはどこだ。


今日は大事な用事があったのに、僕は上司の酒の誘いを断りきれなかった。しこたま飲まされ、飲み物がビールから焼酎に変わったところまでは覚えているが、そのあとの記憶はない。目に沁みる光線を避けようと、襲い来る吐き気と頭痛を我慢して身体を返すとポケットの小銭がジャラジャラと音をたてた。どうやら自力でタクシーに乗って帰ってきたようだ。


未だぐるぐるする意識の中で、僕は先程の些細な疑問に立ち返る。
ここはどこなんだろう。
ウチは寒々しい蛍光灯なのに、ここは眩しいほど明るくて、ちょっと暑い。
柔らかくて、少しひんやりしたこのクッションが心地よい。



―――クッション?



「あー、やっと目が覚めたぁ、お兄ちゃんお水持ってきてー」
あわてて逆光の中に目を凝らすと、僕の頭が乗る心地よいクッションと同じ、白く透き通った顔が浮かび上がった。
「さゆ、何してんだここで・・・・」
「もぉ何言ってんの!ここはさゆのおうちでしょ、しっかりしてよ!!」


帰る家、間違えた・・・。
いや、間違ってないか。今日は確かにこの家に来るつもりだった。さゆに大事な用事があったんだ。
すっかり酩酊してしまったのにもかかわらずそのことだけは覚えていて、無意識にタクシーでここへ向かった自分に少しだけ感心してしまった。



10年前のこと。
僕はさゆを、あいつの兄の代わりに神社の縁日に連れて行った。
そこでピンク色のおもちゃの指輪を見つけたさゆは、ずっと僕におねだりをして聞かなかった。


「ねえ、クロ兄ちゃん、さゆこれほしいの!」
「ダメだよ、勝手に買ってあげたらさゆのお母さんに叱られる」
「いやぁ、ほしいの!さゆ、おひめさまになるんだもん」
「さゆはじゅうぶんカワイイからさ、指輪なんていらないよ」
「かわいいのはもう知ってるの!さゆはおひめさまになりたいの!」


まだ幼いさゆの、あまりにも真剣な目に見つめられて、僕は少ししどろもどろになりながらはぐらかして言った。



「あと10年経ったらな」



あの約束から10年。
さゆは憶えているだろうか。僕は憶えてた。
10年経った、17歳のさゆの誕生日に「おひめさま」になれる指輪を買ってあげようと。


ポケットを弄ると小さな箱が手に当たった。
これを渡したいがために、今日ここに来たんだ。
痺れる手で箱を取り出し、自分の顔の上に持っていく。


「さゆ、これ。あん時の約束の・・・」
ピンク色にラッピングされた箱の向こう、逆さに見えるさゆの顔が驚きへの表情と変わっていく。
大きく目を見開いたさゆが言った。
「これ・・・憶えててくれたの?」
「17歳の誕生日おめでとう、さゆ」


バシャ!
「冷て!」
「キャッ、冷たぁい!」
ゴンッッ!!!


後頭部をしたたかに打ちつけ、再び薄れ行く意識の中で、水をぶっかけてきた張本人の勝ち誇った声が聴こえる。
「おい。いつまでも人の妹の膝の上で寝てるんじゃねえよ、とっとと離れろ!」


おのれ、兄重め・・・・・!!